ハードキル、ソフトキル

「電子戦」という言葉を聞かれたことがあるでしょうか?もちろん、軍事用語です。
ECM(Electronic Counter Measure:電子的妨害策)と、その対抗策であるECCM(Electronic Counter Counter Measure:電子的妨害対抗策)で、相互にばかしあいと、攻撃・防御を行います。
ご存知のように、現代戦では電子機器を総動員して戦闘を行います。特に航空機は、電子機器の塊が飛んでいるようなもので、機体そのものは「ドンガラ」といわれ、電子機器と、武器を運ぶだけ(ウェポンキャリア)としての働きが主に求められる時代です。
ステルス機、ステルス性能等というのも、一種の電子戦対策で、レーダーで発見されにくくするための様々な材料、形状等の工夫等がなされています。
我が国が導入を決めたF-35Aはいわゆる第5世代の戦闘機で、ステルス能力を備えています。
ステルス能力と言うのは形状や表面塗装で、レーダー電波の反射を少なくするだけではなく、自分は電波を出さずに、他のレーダーや、AWACS機(早期警戒管制機)、人口衛星等からの情報で、周辺状況を確認できること(ネットワーク能力と言っています)、さらに赤外線も極力出さないように工夫することなどの複合技術です。

「ハードキル」というのは、兵器なり、電子機器を機械的に「ぶっ壊して」機能停止させることですが、「ソフトキル」というのは、主として電磁波によって、少なくとも一定期間、電子機器を無力化する、ひいては兵器を無力化することです。その意味で、ステルス機能もソフトキル方策と言えます。
最近のアフガニスタンやイラクでの戦闘で使用する兵器は、人工衛星から、ロバまでといわれています。その間に兵士個々が携帯するGPS(位置確認装置)やミサイルに搭載される命中精度を高める電子機器等、近代的な軍隊は電子機器が無くては機能しません。
アフガンの戦闘で使用されている無人攻撃機などは衛星中継によって、米国本土の基地から遠隔操縦して攻撃するものですが、全て電子ネットワークによるものです。
ベトナム戦争時には、一つの橋を破壊するのに確率として、1,500発の爆弾を必要としたのに対し、現在では電子機器を駆使した「精密誘導爆弾」により、たった2発でどちらかが命中する確率です。 (現実には、ほとんど1発で命中します)
また、時間的な対応についていえば、湾岸戦争時には、目前にいる敵に対して空中からの攻撃要請をした時、次の日に爆撃がなされました。コソボ紛争の時には爆撃要請の数時間後に攻撃機が飛んできました。アフガンやイラクでは攻撃要請後、数分で爆撃されます。
これは、指揮命令系統にコンピュータソフトウェアが縦横に張り巡らされていて、末端の兵士から、武器の状況、敵の情報等が詳細に管理され、運用されているため、即時に現場に攻撃命令が出される結果です。
このような機能が最も進んでいるのは米軍で、軍事力の量的な面でも世界有数ですが、ソフト面を含めた総合力は圧倒的に優位にあり、他国の追随を許しません。
逆に言うと、これらのシステムを偽情報で混乱させたり、電磁波攻撃によりダウンさせることにより大きく戦闘能力を低下させることができます。
「ハードキル」が優位、「ソフトキル」が優位ということはありませんが、ソフトキルに関する技術は目に見えない上、各国ともトップシークレットであり、秘匿しているので実戦になれば、どのような新兵器、新システムが登場するのか、まったく分からないのが現状です。
ずいぶん前の話になりますが、ロシア海軍の艦艇は俗に言う「簪(かんざし)」というアンテナや、電波機器をたくさん艦橋付近に装備していました。自衛隊の艦艇が、目視で前方に艦影を確認できるのにレーダー上は真っ白で、艦影を把握できない。という話を聞きました。
電磁波による妨害はテクニックももちろんですが、そのパワーが大きければかなり効果があります。しかし、パワーが大きければ、その存在を暴露する結果にもなります。
時々、ロシアの爆撃機が、わが国の領空を侵犯したり、周辺を飛行しますが、この目的は、電子情報の収集と思われます。
ソフトキルは一時的にでも電子機器を無力化し、その間にハードキルするための手段として、軍事的にはかなり前から考えられてきました。ECM,ECCMそれに対抗するECCCM、いたちごっこです。
最近では、軍事に疎い、わが国の一般の方でも、「サイバー攻撃」という言い方で、インターネット上のコンピュータへのシステム侵入、ウイルスやジャミング、ハッキング、クラッキング、その対抗策であるフャイヤーウォール等が認識されてきています。
元来、コンピュータもインターネットも、軍事的な要求から開発されたものです。
インターネットは当初、一種の通信確保・防御システムであったものが、一般的な普及とともにそれ自身超巨大なシステムになってしまい、軍事であれ、外交であれ、また経済運営を行う企業であれ、各部門の外部と繋がっているコンピューターにとってインターネットからの侵入等から、防御すべき対象になってきています。
今までの、戦闘能力を封殺するための手段としての「ソフトキル」から、もっと大きな戦略上の電子戦といえるものへ変化してきていることが認識されてきています。
米国においても、サイバー攻撃を軍事上の大きな脅威と認識して「対サイバー攻撃」を戦略上の重要課題として位置付けするにいたっています。