「ヨーソロー」
「呼ーんでるぜ 呼―んでるぜ 七つのが・・・・・・ヨーソロ ヨーソロ ヨーソロ 五つボタンに夕陽が赤い」
これは、1964年(昭和39年)の日活映画「若い港」(山内賢、泉雅子出演)の主題歌で、宮川哲夫作詞、吉田正作曲、歌手は三田明でした。映画は、柳瀬 観(やなせ のぞむ)監督の作品で、南海高校のブラスバンド部の若者が商船大学へ合格するまでの青春ドラマでした。
今回は、この歌の歌詞「ヨーソロ」についてです。歌詞では「ヨーソロ」ですが、現実には「ヨーソロー」と語尾を伸ばします。
現在、自衛隊で「ヨーソロー」という言葉を常用しているのは海上自衛隊だけでしょう。主として艦艇操艦時の操舵号令として使われていますが、一部日常生活でも聞かれます。自衛隊以外では、海上保安庁でも同じように使われています。日本の漁船でも使われているようですが、商船では、海外まで航海する関係で英語「steady」が使われています。
「ヨーソロー」は、「そのまま進め」、「了解」、「問題なし」という意味で使われています。漢字で書けば「宜う候」と書くようです。帝国海軍では艦艇だけではなく航空隊でも使われていました。言葉の始まりについては諸説ありますが、江戸末期に西洋から操艦技術を学んだ時「よろしく候」が変化したという説が有力です。和船の帆船時代からあるという説もあります。
操艦号令を出す当直士官と舵輪を操作する操舵員のやり取りの例です。
当直士官の「面舵(おもーかーじ)」の号令で、操舵員は、「おもーかーじ」と復唱して、舵輪を右に回し、舵角15度まで取ります。面舵が15度になったら「面舵15度」と当直士官に報告します。艦が右に回頭し、定針したい針路のおおよそ10度手前で、当直士官は「戻せ(もどーせ)」と号令をかけます。操舵員は舵角0度まで舵輪を戻して、「舵中央」を報告します。右回頭の惰力を止めるために当直士官は「取舵に当て」と号令、操舵員は、舵輪を左に回し、左舵角7度まで舵を取り、「取舵7度」と報告します。そこで、当直士官は所望の針路を下令します。「180度ヨーソロー」。操舵員は180度に定針したところで「ヨーソロー180度」と報告します。この場合の「ヨーソロー」は、「そのまま進め」の意味です。
ここでちょっと横道にそれますが、「面舵」「取舵」について説明しておきましょう。「面舵」は、艦首が右に回頭するように舵を切ることで、「おもーかーじ」と発声します。通常の舵角は15度ですが、緊急時の「面舵一杯」という号令では舵角は30度まで取ります。「取舵」は、艦首が左に回頭するように舵を切ることで、「とーりかーじ」と発声します。舵角は「面舵」の場合と同じで、通常15度、「一杯」30度です。「面舵」「取舵」の由来は、和船で用いられていたコンパスにあります。コンパスには十二支が時計まわりに描かれていました。北になる子(ね)の方向に船首を向けると左舷(3時)が「卯(う)」で、右舷(9時)が「酉(とり)」となります。船首を「卯」の方向に向ける、つまり、右に舵を取ることを「卯面舵(うむかじ)」が転じて「面舵」となったそうです。逆に、船首を「酉」の方向、つまり左に向けることが「取舵」です。
ちょっと複雑な話をします。面舵と取舵には二つの考え方がありました。「舵柄」の動かす方向と船首の「回転(回頭)方向」に着目する考え方です。この頃の船は、舵の構造上、船首は、舵柄を切った方向と逆に向いていましたので、舵柄の動かす方向に着目するのと船首の回転方向に着目するのかでは全く逆方向になります。これらが国によって異なっていたために他国に入港する際に、面舵・取舵が全く逆になってしまい、混乱を来し危険だったので、1928年(昭和3年)ロンドン国際海運会議で「回転方向」に統一され、1931年(昭和6年)から実施され現在に至っています。ちなみに、英語で「面舵」(右回頭)は「starboard」、「取舵」(左回頭)は「port」と言います。
脱線ついでに、艦船の速力についてお話します。一般的に、船の速さの単位は軍艦も商船も「ノット」です。1ノットは1時間に1浬の速さです。ノットは「節」と書かれる場合もあります。ちなみに、1浬は、緯度1分ぶんの長さで、メートル法では1852mで、「海里」、「シーマイル」と呼ぶこともあります。海上自衛隊の艦艇の速力区分は、艦種によって速力は異なりますが、低い方から「微速(6ノット)」、「半速(9ノット)」、「原速(12ノット)」、「強速(15ノット)」で、更に戦闘時には「一戦速」、「二戦速」・・・へと逐次増速し、「最大戦速」まであります。
速力区分の他に、速力を微調整するために回転信号標、通称「赤黒」と呼ばれるものがあります。「赤」はマイナス、「黒」はプラスを示し、それぞれプロペラの10回転がおよそ1ノットです。赤黒の指示は、「赤5」、「黒5」、「赤20」、「黒10」・・・のように5回転刻みで使用されます。号令は、「両舷 前進 原速 黒10」(2軸のプロペラ、前進方向、原速12ノットに10回転増加)や「両舷 後進 微速」(2軸のプロペラ プロペラ逆回転、バック、微速6ノット)のように発します。
速力の変更は艦長の了解が必要ですが、回転信号標は当直士官(航海長)に裁量が委ねられています。訓練が終わって、母港に帰る時には、定められた速力区分に「回転信号標 黒」を活用した通称「ホームスピード」で帰路を急ぎます。それは、一刻も早く帰港し、乗員を上陸させるかが、乗員の士気に影響を及ぼすからです。
冒頭の歌詞「ヨーソロ」は、商船大では「steady」が正解でしょう。しかし、「ヨーソロー」の響きには、青春の香り、ロマンティック雰囲気があり、なんとなくいい言葉だなあ、と思いませんか?
輝かしい未来に向かって「ヨーソロー」
(中村 徹)