田母神セブン 第6回投稿文 ウクライナ戦争の事実から見える「確かなこと」
2022年4月24日に始まった、ロシアによるウクライナへの侵攻から1年4ヵ月が過ぎた。連日テレビで報道され、まさに劇場化されている様相である。興味がある向きには専門家の解説を交えた番組が毎日のように組まれており、一般国民である視聴者が、かなり詳細な状況まで日常的に知ることができる。インターネットではさらに詳細な各種の情報にアクセスすることもできる。
お茶の間に届けられる日々の戦況、その他の情報が、これほど多量に頻繁に報じられたことはかつてなかった。
現在はウクライナによる「反転攻勢」はいつ、どこで、どのように実行されるのか、進捗が遅いのではないかと、かまびすしく報道されている。軍事的に、どのような戦力を、いつ、どこで行使するか現状がどのようになっているのかは、最も重要な秘密事項である。
本当の現状を知ること、将来を予測することは一般国民はもちろん、軍事専門家といえども難しい。
しかし、経過してきた諸々の「事実」および「ほぼ事実」を積み上げると、戦争における「確かなこと」が導き出せる。この「確かなこと」を、この戦争の教訓として学ぶことは重要である。またこれを一般国民の知識として、我が国の安全保障政策に対する理解と推進を図ることは有意義であると思う。
「事実」から見える「確かなこと」を考えるにあたって、前提的に理解し認識しておくべきことが大きく2点ある。
- 得られる情報はごく限定的であることと、何らかの意図が含まれているということ
我が国の報道機関は独自の取材を行っている場合が極めて少なく、情報源から発信されるものを直接・間接の情報として報道している。ウクライナ政府、ロシア政府など政府機関、米国の戦争研究所等研究機関、CNN・WPなどのマスコミの発表などが主なものである。また、種々のSNSで発信された記事・画像も大きな情報源となっている。留意するべきは、ウクライナ、ロシアの戦争当事国はもちろん、すべての発信元は何らかの意図をもって公開しているということである。さらに、背景やその他の情報が割愛されていることがほとんどで、極めて限定的である。 - 距離感、地図の縮尺に対する認識
毎日テレビ画面にウクライナの国土を中心に周辺の地図が示される。概ね100万分の1以上の縮尺で表示されている。ウクライナは東西約1,400キロ、南北約900キロで面積は約60万平方キロある。東西が概ね日本の本州の長さで、幅が約3倍、面積は約1.6倍となる。テレビ上で司会者などがここからここなどと、こともなげに指で示しているが、100キロ、200キロ離れていれば爆撃や砲撃があっても相互に知る由もない。100キロといえば東京都心と甲府、宇都宮、水戸あたりになる。それらの都市で爆撃された、砲撃があったといっても、都心では何も感じないし、報道がなければわからないことである。
一方、繰り返し映し出される動画などは通常数十メートル、広い画角でも、せいぜい5百メートル四方の範囲を映し出したものであり、地図を見る感覚と映像を見る感覚が実際の距離感を混乱させているといえる。距離感について、地図上で見る感覚と現場の感覚のギャップを認識することが重要である。
◆ 「確かなこと」その1 備えあれば憂いなし
今回の侵攻で、ロシアがウクライナを甘く見ていたのは明白である。侵攻当初、キーウ方面に侵攻したロシア軍の将校がキーウのレストランの数日後の予約を取っていた事実を見てもわかる。総兵力で18~19万人でウクライナの広大な領土を占領することは無理であるが、短期間で政府機関を掌握することが可能であるとの見積もりであったとすると理解できる。侵攻初期、西欧側各国もウクライナ政府の国外脱出を勧めたといわれており、見積もりが全く間違っていたとは言えない。
ではなぜロシアの当初の思惑が外れたのか。
第1は首都キーウ周辺および、東部の従来から親ロ勢力との衝突があった地区の守りが堅かったことが挙げられる。
一般的に攻る側は守る側の3~5倍の戦力を必要とするといわれている。特に堅固な陣地を構築している場合は、突破することは容易ではない。首都キーウは比較的国境から近いため、攻撃に備えて何層にも防御されていた。東西冷戦時代に核戦争に備えた諸施設、特に地下施設は有効であった。また、いよいよ侵攻が予測された時、侵攻開始数日前までに防空装備、集積弾薬等を移動させたことが出来たのも効果的であった。
これらの物理的な備えによる侵攻への対応があったからこそ、政府機構が存続できたと考えられる。
次に国民の精神的備えである。ゼレンスキー大統領を中心とした国家の指導者をはじめ、国民の意識の強さがある。2014年のロシアによる不当なクリミヤ併合以降、国民は意識的にも備えを固めてきた。ロシアの情報戦にも屈しない団結を示した。侵攻後発せられた国家総動員令で18歳以上60歳以下の男性は出国禁止となったが、大きな混乱もなく、軍隊に志願する国民も多数いた。女性、子供、お年寄りは国内外の安全な場所に避難し、成人男性は後顧の憂いなく国家の要請に寄与する体制に積極的に参加している。国外に脱出する若者が後を絶たないロシアとは大きな違いがある。
民主的な選挙により自らが選んだ指導者のもと積極的に戦闘に臨み、また後方を守る国民と、恐怖と力で抑え込む独裁者のもとで動員された国民や傭兵との意識の差は明白になっている。
◆ 「確かなこと」その2 武力侵攻(軍事力の行使)には武力(軍事力)での対応以外は無力である
いうまでもなく、国際法は主権国家への武力侵攻を認めていない。今回の侵攻前には、米国の警告、EU諸国等の警告や度重なる首脳のモスクワ訪問による説得など、政治的・外交的活動が活発になされた。
もちろん世界平和の守護神であるべき国際連合においても、いろいろな働きかけが行われた。しかし、まさかの国連の要、安全保障理事会の常任理事国ロシア自身による主権国家に対する武力侵略が行われたのである。
ロシアと同じく常任理事国である中国のほかインド、トルコ、イラン等の国々はロシアとの深いつながりがあるが、決して武力侵攻によって利益を得るものではなく、積極的に武力侵攻を支持していたわけではないと思われる。
ロシアと対立する国々の働きかけはもちろん、国際的な取り決めに基づく国際機関の政治・外交的活動は、独裁者の決断に対して、まったく効力を発揮しなかったのが事実である。
逆に事前に米国が直接的に軍事介入をすることを否定した態度表明は侵攻を促した感すらある。
武力(軍事力)行使を阻止し得るものは武力(軍事力)による抑止しかないことが如実に証明された。
また、ロシアによるウクライナ侵攻後、西欧各国による経済制裁、金融制裁、エネルギー政策の大幅変更等などが発動され、西側有力国を主体としたロシアの国力、プーチン政権の力をそぐ努力が続けられている。しかしながら、極めて多重化・複雑化した国際的な所々の関係は、なかなか効力を発揮するまでに至っていない。戦争停止についても、政治・外交その他の制裁措置等では、停戦に至る見通しがたたないのが現状である。軍事力による決着なしには、政治・外交などの力では事態を収拾できないのが現実である。
軍事力は、他のいかなる力をもってしても代替えできないということが証明されている。
◆ 「確かなこと」その3 戦争の実態
「ブチャの虐殺」、誰もが知っているロシア軍による蛮行である。破壊、略奪、拷問、殺人、性暴力(レイプ)等など、ロシア軍が占領し、その後退却し解放された町で明らかになったことである。ロシア政府が何と言おうと国際機関、各国メデイアなどが目撃し、実態を確認している正に事実である。人口が3万人程度の地域で無抵抗の民間人が、確認されているだけで400人以上犠牲になっている。
我々日本人の持つ常識や倫理観からは想像もできないことが、現代の戦場下で現実に起こっているのである。このようなことはブチャだけで起こっているのだろうか。間違いなく他の占領地域でも起こっていると思われる。国際機関は確実に確認されたこと以外公表しない。ウクライナにおける民間人の犠牲者は8千人超、子供の連れ去りは約1万6千人から2万人といわれているが、氷山の一角であると思われる。ウクライナ東部、南部の占領地域はキーウ周辺の解放された地域と比べて格段に人口が多い。ロシアはこれらの占領地区を勝手に自国領土とし、武力もしくは武力を背景とした支配により同化政策を実行している。先に挙げた略奪にとどまらず、不動産を含む有形無形の資産を接収している。このような接収を組織的に行うチームの存在も報道された。ありとあらゆる不法・犯罪行為をれっきとした行政機関などが実行しているのである。抵抗すれば問答無用で拷問、殺害、投獄、強制移動などを行う。しかも、これらは国家という壁でおおわれているため、明らかにはならない。
侵攻当初、東部マリウポリなどでの悲惨な戦争の現状を見て、命が失われないように早くロシアの管理下に入ったほうがいいという能天気なことをいう者を散見した。ひとたびロシアの占領を許せば、不条理を受けいれることになる。一旦は命が助かるかもしれないが、家屋財産は没収、家族・妻子とは生き別れ、虐待、殺害、性被害等などがあっても受け入れなければならない。特に無垢の子供の将来を不当に拘束し、屈曲させる行為も甘んじて受け入れることになる。
武力による侵攻を受け、占領されるということは、人間の尊厳にかかわることを含み、まったくの不条理であろうと受け入れざるを得なくなるということを銘記すべきである。
◆ 「確かなこと」その4 核兵器の不使用
2023.6.30現在、ウクライナ戦争において核兵器は、いわゆるダーティーボムを含めて使用されていない。原子力発電所や核保有施設からの核汚染も発生していない。
ロシアは侵攻前から現在まで核兵器の使用について度々言及している。「核」の脅しである。我が国ではことあるごとに戦術核兵器が使用されるのではないかと懸念されている。
戦術核兵器とは弾頭威力、射程などで戦略核兵器と区別されているものである。戦術核といわれるものでも、先の大戦で広島、長崎に投下された原子爆弾と同程度またはそれ以上の爆発威力を持つものが多数ある。
ウクライナ戦争に当てはめて、具体的に核兵器を使う場面を考えれば、メリットはほとんど無いといえる。例えば戦場で使用する場合であるが、現代の戦闘車両は核汚染下での戦闘を考慮されているため、核防護が施されている。また、核兵器の使用が予測される場合、それに応じた分散、隠ぺいなどが行われる。そのため、直近での爆発以外は残存する可能性が高い。したがって核兵器の使用によって、主に被害を被るのは膨大な数の一般民衆である。さらに風向きによればロシアの自国領土へも核汚染が波及する。占領地であっても長期にわたる核汚染で、当分の間、使用できない状態が続くことになり、占領の意味をなさない。
また、核兵器は厳しい管理のもとに置かれており、移動などの動きは厳重に監視されている。さらに、現代の発達した監視技術では核兵器を使用すれば、直ちに使用した勢力が特定される。このため戦術核兵器といえども、その使用は、全面核戦争の開始を覚悟しなければならない。
核兵器は最初爆弾の形で誕生し、爆撃機に搭載して目標上空で投下するというのが使用方法であった。正に、広島、長崎で行われた軍事攻撃である。これは都市攻撃であり一般大衆を標的にしたものであった。核兵器の威力が確認されると、各国は種々の核兵器開発を行った、それは核兵器の圧倒的な破壊力を戦闘場面で発揮させるためである。しかしながら、核兵器の破壊力および残留放射能が民間人への被害を不可避にすることから次第に風当たりが厳しくなり制限が課されるようになった。
また一方で、核弾頭の小型化も進んだため、爆弾の形のほか、大陸間弾道弾(ICBM)等への搭載はもちろん、巡航ミサイルから、より小型の空対空ミサイルまで各種ミサイルへの搭載をはじめ、核地雷さらには核砲弾まで開発された。ここで、都市など一般民衆をもターゲットとする戦略核と、主として軍事施設などに限定をして目標とする戦術核の区分わけがなされるのである。
他方、科学技術の進歩・発展は兵器の誘導技術を飛躍的に高精度化させてきた。現在、戦術・戦略両場面で、限定目標のみを正確に破壊できるまでになっている。要は戦術面においては、核爆発の威力に依存する必要がなくなってきているのである。
大陸間弾道弾(ICBM)、中距離弾道弾(IRBM)など、戦略兵器とされているものは、もともと戦略攻撃を目的とするため、軍事目標のみならず都市目標等も対象としていると思われる。このためには核の圧倒的な破壊力の大きさを必要とする兵器である。
このような現実を考えると、ウクライナ戦争においては、政治的、軍事的に「戦略核」「戦術核」という区別は、もはや、ただ単なる観念的な区別に他ならないと言える。
突発的または事故による核汚染は今後も考えられるが、ロシアの保有する、いわゆる戦術核兵器は、全面核戦争を覚悟しない限り、先制的に使えない兵器であることを証明している。
◆ 「確かなこと」その5 「専守防衛」は一般国民の犠牲を前提とする
もともと軍事的には「専守防衛」なる考えはない。しかし言葉の響きが良いのか、いつの間にか我が国の国是のように扱われている。しかし、まさにウクライナ戦争では「専守防衛」なる考えは、多大な民間人の犠牲を容認する考えであることが証明されている。
軍事施設は各種の攻撃から自らを守る対策を講じている。特に空からの攻撃(経空攻撃という)には防空システム、隠ぺい・掩ぺい措置などで防護されている。一方、民間施設や市街地は無防備である。地域全般を防空システムでカバーすることになるが、首都圏など地域が限定されるのが実情である。
「専守防衛」といわれるものは、攻撃側が自由に活動し、目標を決定でき、自らが攻撃・反撃される恐れがないということである。そうであれば、軍事目標はもちろんのこと、民間のインフラであれ、学校であれ、医療機関であれ、防御の薄いところを攻めるであろう。邪悪な意図をもって戦争指導するものは、むしろ相手の弱み、泣きどころで無防備な所を攻撃し、物理的被害を与えるばかりでなく精神的な打撃を与えることを企図する。まさにウクライナでロシアが行なっていることである。
一般的に現代戦の経空攻撃の主なものとして、防ぎにくい順に、「砲弾」「爆弾」「弾道ミサイル」「巡航ミサイル」「自爆ドローン(無人機)」がある。これらはそれぞれ攻撃できる距離、すなわち射程により「砲弾」は数十キロ程度から発射され、爆弾は航空機により運ばれ、数キロ程度から投下することが必要になる。「弾道ミサイル」「巡航ミサイル」「自爆ドローン」は数百キロ以上の射程を持つため、敵地(ロシア)の領土内各地から発射されている。
「砲弾」「爆弾」そのものは迎撃、破壊はできない。弾道ミサイル(今回ではイスカンデル等)はかなり高度の迎撃システム(今回はパトリオット等)で、ある程度の確率で迎撃・撃破できる。巡航ミサイルは高度のミサイルシステムで、かなりの確率で撃破できる。ドローンは高度のミサイルでは、ほぼ確実に撃破できるが、コストパフォーマンスが合わない。より安価な携行ミサイル(ステインガー等)及び対空火砲でもかなり撃破できる。これらの迎撃武器に、発見・追尾するレーダー装置などを組合わせたものが防空システムであり、防護目標周辺に重層的に配備される。
国際法は攻撃された場合に反撃することを認めている。今回、ウクライナがロシアに反撃しない理由は欧米各国から、兵器供与を受けているためであり、ロシアの領土内への攻撃を制限しているためである。そもそも現状で供与されている兵器が敵であるロシアの策源地攻撃能力を持ったものではない。
ウクライナは自ら「専守防衛」を政策としているものではなく、西欧諸国の意向を斟酌しているものである。
侵攻してくる相手国の軍事目標を叩ける能力を持つことは、無防備な国民の安全を守り、被害を少なくするために重要・不可欠であることが証明されている。
◆ 「ドローン」について
ウクライナ戦争において確認できている事実に、「ドローン」の有用性がある。ただし、日々報道されている「ドローン」については軍事装備品としての「ドローン(無人航空機)」とは区別されるべきであると考える。
我が国で一般の国民が「ドローン」と認識するのは4枚程度の回転翼で、上下・左右自在に飛行する物体で、無線等により比較的近距離(数キロ程度)でコントロールでき、撮影、監視、物品運搬等、多用途に、柔軟に使用できるものである。
これは20世紀初頭に発明された「飛行機」が軍事に利用されたのと似ており、ウクライナ戦争において実戦に使用され、その有効性が認識されているものである。この回転翼のドローンは、民生品を軍事目的に転用しているもので、安価に大量に入手出来、簡便に使用できることから、いろいろ工夫をし、消耗品として、主として陸上戦闘の前線において活用されているものである。
前線における「ドローン」の登場は戦術面での変化を生じさせている。各国の軍事担当者はその用法を研究するとともに、対処法についても、運用面、装備面から現在進行形で研究しているものと思われる。
「ドローン」の種類、「ミサイル」との相違点などについては本稿では扱わず、項を改めて解説したいと思う。