総裁選候補者選び

そろそろ衆議院解散総選挙が視野に入ってきて、民主も自民も総裁選の候補者選びが焦点になってきた。それぞれにいろいろな思惑があって選ばれるのだろうが、自らの地位と職責に責任を持たない人には総裁になって欲しくない。ひょっとして総理大臣になる可能性があるからだ。

民主党の野田総理は、竹島や尖閣諸島でこれだけ相手に翻弄されながら何の手も打たないのは、後々禍根を残すことになるのは必定である。今が無風で過ぎればよいと思っているのだろうが、無責任極まりない。
折角石原都知事が、尖閣諸島購入の提案や、調査のための上陸申請、漁船避難港の設置など具体的な提案をしているのに、上陸許可すら出さないとは極めて遺憾である。

自民党の石破議員はかつて防衛大臣の時に起きたイージス艦「あたご」の衝突事件で(平成20年1月)大臣の無自覚と無責任さを露呈した。
イージス艦の衝突事故は、「あたご」乗員の緊張感の欠落や規律の弛緩、ならびに小型漁船のやや無謀と思える操船の双方に原因があったが、その根本には国の防衛警備に従事する自衛艦の行動を、平素からいかに取り扱うべきかという問題が含まれていた。
だが、石破大臣の対応はこのことには一切触れずに、自分への報告に1時間半も掛かったことは不適切と発言し、さらに、その後の情報の出し方をこまごまと統制し、結果的に情報が二転三転して、自ら防衛省への不信感を助長しただけだった。
事故発生から1時間半後の報告が、もし1時間後だったとしたら何が出来たのだろうか、事故直後の30分や1時間で大臣が処置することなど何もなかったはずである。当面の事故処置は現場の自衛艦や海上幕僚監部に任せて、大臣は「善処せよ」といっておけば済む話だったはず。
報告が遅かったことが問題になるのは、「早く報告を受けていれば処置できたことが、報告が遅かったために処置が出来なかった」という場合だが、このイージス艦事故についてはそのような問題は何もなかった。
0407に衝突事故が発生してから1時間半後の0540には大臣に報告されており、海上自衛隊が行なった事故発生直後の処置と報告は、適切に行われている。
大臣は、事故報告を受けた後、誰に何をどのように指示したのか分からないが、大臣の説明の端々から推測すれば、対応がすべて他人事であって、自ら処置したことは何もないようである。
むしろこの事件を機に、防衛大臣が取り組むべきことは、防衛警備に従事している自衛隊の行動規範の問題、例えば、公務に就いている自衛艦の航行の優先権、特に沿岸での小型船との航行優先権をどのように考えどのように確保するか、ひいては、災害派遣時の自衛隊緊急ヘリの航空管制権や、災害派遣車両の優先通行権など未解決な問題を、いかに実際的に解決するかを考えることが大事なことだった。
ところが実際には、大臣への報告が遅かったとか、発見が2分前だったのか12分前だったのかといった、メディアの瑣末な問いただしに答えて情報を二転三転させ、自衛隊への信頼性を失わせるような種を自ら蒔いてしまった。
さらに、「あたご」の航海長を防衛省に呼び寄せ、大臣以下が聞き取り調査していたにもかかわらず、聴取の事実が明るみに出ると、航海長を招集した責任を当時の海上幕僚長に押し付けて更迭し、混乱に拍車をかける要因を作ってしまった。
さらにもっとひどいことは、石破氏が同年9月の自民党総裁選に自ら出馬したことである。当時は「あたご」の事故当事者が海難審判の公判中であり、石破氏は事故の当事者でもあり、防衛相の任が外れていたとは言え、かつての部下が公判中であれば、自らも謹慎して公判の進捗を注視すべきだったと思う。
防衛大臣を降りれば、もうまったく関係ないような顔をして総裁選に出るなど、自衛隊の責任者であったことの自覚もない無責任な態度だった。
この事件を機に、防衛大臣に対する現役自衛官の信望はなくなり、隊員の心が遊離し国防という組織にとって由々しき問題となったが、本人にはそんな感覚もないようである。
石破大臣についてはこれまでも、防衛庁長官の時代に、これと似たような対応があり、国防とか軍隊の運用について瑣末な知識だけが先行し、自衛隊を自ら指揮しているという主体性と実態感覚が欠落しているとの評価を、当時の多くの現役自衛官が持っていた。
イージス艦事故の際の発言と対応はまさにそれを実証している。

野田氏や石破氏のような無責任な人には国の政治を任せてはならないと思う。(松島悠佐)