軍神(2)
先に自衛隊の「軍神」U氏について述べました。U氏については、全自衛隊で多くの逸話がありますが、ここで、もう一つご紹介したいと思います。
(その1)でも述べましたが、U氏は服装容儀に非常に厳格です。
ところが、ある日彼のU氏(当時バリバリの3等空佐…少佐)がマスクをして歩いているではないですか! 我々がマスクなどしていれば直ちに「○○候補生、ここまで来い!」となって、大変です。そのU氏がマスクをして、うつむき加減に歩いているのです。「何かあったな」と私だけでなく多くの隊員が思ったに違いありません。原因は後に分かりました。すなわち、その時の隊司令、T将補との宴席での事件だったそうです。
T将補は旧軍のパイロットであり、搭乗していた戦闘機が不時着したとき火災となり、全身に火傷してしまい、顔も大きくケロイドが残っていました。しかし、旧帝国陸軍の精鋭パイロットであるので、意気軒高でした。
その方も結構メチャクチャな人で、私たち候補生が岐阜基地に着任したとき、T司令の招待で懇親会を催してくれました。細長いテーブルに着席したのですが、一番口達者なT候補生を司令の前の席に座らせるべく空けていました。
T司令は着席されるや否や「何だ、俺の顔がこんなだから、前に座る奴はいないのか」と言われたのです。純真無垢な我々候補生は息をのんで、答えるすべを知りませんでした。しかし、T司令にとってはどうということではなかったようで、その後、機嫌よくしておられたので全員がホッとしました。
さて、U氏(当時は3等空佐)に話をもどしましょう。自衛隊では当時(今でもそうだと思うが)しょっちゅう宴会がありました。T司令とU3佐が同席した宴会で、T司令がやおらU3佐に向かって「U(当然呼び捨てである)、お前生意気だ!」と言って、鼻を思い切りねじったそうです。結構理不尽ですが、階級に厳しいU3佐には抗弁など考えられなかったのでしょう。それで、U3佐の鼻に傷が付いてしまったとのことです。
自衛隊で「軍神」と言われて恐れられたU氏も、旧軍の猛者には為すすべがなかったようです。今でも、マスクをしたU氏の気落ちしたような姿を思い出します。
理不尽と言えば、私がつかえていたT氏は、若いころ実験航空隊(現在の飛行開発実験団)に勤務していた時、隊長が「空幕から言ってきたことは全部反対しろ!」と厳命していたそうで、私からするとT氏もメチャクチャなところがあったのですが、そのT氏が「ほんとメチャクチャだよ」と言っていたのを思い出します。戦争という異常状態の中で行動し、勝ち残るためには平時の感覚からすれば「メチャクチャ」が必要だったのかもしれないですね。
軍神(1)(2)は、当時のS候補生 島本順光筆