「パイロット気分」

一般の皆さんが空中感覚を味合うことができるのは飛行機に乗って下界を見るときぐらいです。しかし、大型の旅客機では小さな窓から外を見るだけですので、空中感覚というほどのものでもありません。小型飛行機や観光用のヘリコプターに乗るとより強く空中感覚を味わえます。
 私は航空自衛官でしたので、かなりたくさん飛行機に乗りました。殆んどC―1輸送機でした。C-1輸送機は自動車で言えば「トラックです」。今は退役してしまいましたが時々YS―11に乗りました。これはバスですね。C-1の機上試験で空挺扉(機体の後方側面両側にある)を開ける時とか、与圧扉と後方扉を開ける時などは、まさに空中にいることを実感します。
海面上空で試験することが多いのですが、冬など黒く波立っている海面を見ると「今、落ちると死ぬな」と思ったこともありました。他の機種にも何度か乗りました。T―34、T―1、T―33(いずれも現在は退役しています)、T―2などです。
 もちろん後部座席に乗り、パイロットの操縦で飛行するのですが、周りが見渡せ、本当に空中に浮かんでいる感覚を味わえます。T‐34はプロペラ機で離陸する瞬間は、ふわりと浮き上がる感じです。パイロットは結構意地悪な人が多くて、後席に乗っている者が「参った」と言うまで、ループ(宙返り)や旋回飛行でGをかけたりします。操縦席の前方にバックミラーが付いていて、自分の顔を見ることができますが、Gのかかっているときは顔を押し下げられているような感覚になります。自分の顔がブルドックのようになっている感じがします。しかし、鏡を見ると何ともないのです。
 T―1からはジェット機ですので、プロペラ機に比べるとずっと安定しています。タービランス(気流の乱れ)に入った時も、プロペラ機は「フラフラ」という感じですが、ジェットは「バンバーン」という感じです。
もう一つの大きな違いは、酸素マスクをつけることです。独特の臭いがあり、これで気持ち悪くなる人もいます。
また、与圧した航空機ですので、低圧訓練というものに合格していないと乗れません。立川などにある低圧訓練装置(我々は「お釜(おかま)」と言っています)に入って、高空で与圧が急激になくなった状態を作ったり、低酸素状態を体験したりします。低酸素状態の体験では、1000から順次999,998,997・・・と書いていきます。次に何を書くかが分からなくなったり、書けなくなると監視している者が酸素マスクを充ててくれます。中には頑張らずに適当に手を止めて、早めに酸素供給を受ける者もいます。私のことではありません。
他に「シー・サーバイバル訓練」というものがあります。これを受けていないとジェット機に乗れないというものではありませんが、不時着や脱出後、海上に着水した場合に生き残るための訓練です。
ジェット練習機、ジェット戦闘機は操縦席自体がパイロットごとロケットで射出される構造になっています。射出されると、自動的に落下傘が開き、着地または着水するわけです。訓練や試験はほとんどが海上上空で行われるため、着水する可能性が高く、海上で生き残るための訓練が必要なのです。
シー・サバイバル訓練は福岡県の芦屋基地周辺海域で行われます。私が参加したときのことで印象に残っているのは、最後のほうに行われる「6時間漂流」です。船から順次海上に落とされ、個人用の浮舟で6時間漂流し、その後ヘリコプターで吊り下げ救助されるというものです。釣り道具を持っていくもの、私のように物臭なものは足の親指に釣り糸を結びつけて漂流中に「釣れるかなあ」と思って時間を過ごしました。もちろん釣果はありませんでした。
 この時、実感したのは海上に放り出された直後は結構周辺に仲間が見えていたのですが、すぐに見えなくなることです。浮舟の上で立つこともできませんので、孤独と不安との闘いでもありました。
空中に話を戻します。我々が乗れるのは複座の練習機、戦闘機です。複座の戦闘機は機数が少ないので、あまり乗る機会はありません。私はT―1、T―33、T―2練習機に乗る機会がありました。T―1、T―33は現在T―4に代わっています。
 何らかの試験で乗るわけですが、空域について試験が終わると、「ちょっと操縦してみるか」ということになります。「はい」と答えると、パイロットが「YOU HAVE」と言います。最初なんのことかわからず、黙っていると「操縦桿を受け取るときはI HAVEというのだよ」と教えてくれました。しかし実際に操縦桿を持たされても、ほとんど何もできません。操縦桿を左右に倒して、機体の横方向をコントロールするエルロンを動かすぐらいです。しかしこれも、動かしていると高度が下がってきます。まさに3次元空間ですので、操縦桿、方向舵(足で操作します)、エンジン・スロットルを操作し、目視と計器で機体の状態を常に確かめながら目的を達する必要があります。
T―2では超音速を体験しました。といっても、高空で、他の対象物もありませんので、一部の計器が少し不連続な動きをするだけです。
 上にも述べましたが、パイロットは非常に特殊な技能を数年かかって習得し、任務を遂行しています。パイロットからすれば我々一般人は2次元の世界に住んでいると言えるでしょう。(島本順光)