最近、自動車のドライブレコーダーが普及し、その画像で危険な走行や事故の様子が多数報道されています。一歩間違えば大惨事に巻き込まれている事態もあり、ヒャッとした経験を持つ方も多いと思います。また、飛行機に搭乗するとき「大丈夫かな?」と思う方もかなりいると思います。やはり着陸するとホッとするのは誰しも同じです。乗用車で高速道路を時速100キロで走行している時わずか数10センチ下がコンクリートであることを意識して運転している人はあまりいないと思います。偶然「あの時危なかったな」「一歩間違えればヤバかったな」と感じる経験は誰しもあるものです。
このように日頃意識していないことや、偶然起こることでなく、本当に危険なことを自ら意識して、事にあたるという経験をしたことがあるでしょうか。
自衛官は入隊時の宣誓で「ことに臨んでは危険を顧みず任務を遂行する」ことを誓います。しかしながら平時である現状で実際に「死ぬかもしれない」と思って事に当たる機会はめったにありません。
防衛大学校または一般の大学を卒業して自衛隊に入隊すると、陸・海・空各自衛隊の幹部候補生学校に入ります。入隊後1年で3等陸・海・空尉に任官します。幹部自衛官、昔でいうと青年将校になるわけです。自衛隊は階級社会ですので任官すると、年上でも階級の下の者は部下という扱いになります。幹部は率先垂範して事に当たることを教えられます。命をかけて任務を遂行した話を2つ。
ある陸上自衛隊機械科(砲兵科)初級幹部
ある時、演習場で実弾射撃訓練を実施していました。射撃動作をしても発射しないことを「不発射」といいます。ニュースで時々報道される「不発弾」とは違います。「不発弾」は発射された弾丸や爆弾が爆発しないで地中に埋まっている場合などで、それはそれで処理するのは危険ですが、「不発射」は大砲から弾が出ないのです。その場合2度同じ動作を行います。それでも発射しない場合は、回収することになります。大砲は弾丸を詰めて、そのあとに火薬の包み(薬包)を押し込んで蓋をし、撃針というもので火薬を爆発させてその爆発力で数10キロもある砲弾を数10キロ程度先に飛ばすものです。爆発すべきものが爆発しないのですから蓋を開けて薬包と砲弾を取り出す作業を行わなければならないわけです。
現場にいる隊員のうちの誰が回収作業を行うのか。隊員は順次後ろの隊員を振り返ります。その場で一番階級上位の初級幹部の後ろには振り返っても誰もいません。率先垂範です。死を覚悟する瞬間です。
いざ回収にかかると薬包には撃針の痕があります。いつ爆発してもおかしくないものをそっと抱えて取り出し、少し離れた処分場所まで運びます。本当に寿命が縮む思いを強いられます。終わると汗びっしょりになります。もちろん冷や汗です。
ある航空自衛隊技術幹部(開発や実験の事務作業を主任務とします)
航空自衛隊には航空機の開発や実験をする部隊があります。各地で起こる不具合などにも対応します。
ある時期、輸送機C-1が着陸後、滑走路から駐機エリアに帰ってくる間にタイヤがパンクする事故が続きました。岐阜にある航空実験団(当時)という部隊が対応することになりました。
まず、状況を再現し、その時のブレーキ温度を測ることになりました。試験というのは、滑走路を全速で加速し急ブレーキをかけて止まり。すぐにブレーキのところの温度を測るというものでした。計測器は熱電対と言われるものでブレーキ部(金属)に押し当てる必要があります。現場でブレーキ部に熱電対を押し当てて温度を測る担当に指名されたのがA技術幹部です。もちろん試験計画を担当する上級幹部は充分に安全に配慮したと思われます。しかし、現実にタイヤはパンクしています。パンクといっても自動車タイヤの空気が抜けるのとは訳が違って、バースト即ち爆発です。タイヤのそばで温度計測をしていてバーストすれば命を落とすことも十分にあり得ます。ペラペラのアルミ繊維の耐熱服を着てC-1輸送機に乗り込み、滑走路を疾走し急ブレーキをかけると、ブレーキ部分が真っ赤になり激しく火花が散っています。機体が止まるとすぐ機体横のドアから飛び出すと、遠巻きに消防隊員がホースを構えています。そんな中、熱電対を真っ赤なブレーキ部に押し当てて温度を計測し記録しました。生きた心地はしませんでした。後で試験計画を作った上司の幹部が「データがバラついている」といっていましたが、震える手では致し方ない、やれるものなら自分でやれと思いました。
二つの例とも非常に危険な、命を落としかねない任務です。しかし、誰かがやらなければならない任務です。まさに決死の覚悟で任務を果たしたということです。一般社会ではほとんどないことだと思います。
現在のウクライナでは戦時下ですので兵士はもちろん、一般市民でも命をかけて事に当たるということはあると思います。しかし、平時の一般社会ではほとんど、そのような機会はないと考えられます。
ただ自衛隊ではそのような必要に迫られる場面があります。災害派遣という任務がありますが、部隊としても危険な任務を与えられることがあります。例として、台風などの後、山の斜面などに出来る倒木の処理はかなり危険だそうです。無秩序に重なった大木を処理するのですが、動きが予測困難で、非常に危険を伴う任務だとのことです。
自衛隊では、個人としても、部隊(組織)としても「命を懸けて任務を遂行する」ということが求められます。これは非常に大変ではありますが、一方で自衛隊ならではの貴重な体験でもあり、任務を完遂することにより他では得ることが難しい自信を得られることも事実です。