第4回投稿「先任はどっち?」
「先任はどっち?」自衛隊独特の用語などについて解説します。
皆さんが友達と2人でいるとき、「先任はどっち?」と質問をされたら「先任?」と戸惑うのではないでしょうか。
ところが自衛官が2人でいるとき「先任はどっち?」と聞けば、直ちにどちらかを指さすか、どちらかが手を上げます。軍事組織である自衛隊では、常に誰が指揮する者で、誰が従う者かを明確にしています。多数の場合は「最先任はだれか」ということになります。これを認識するため、自衛官がいろいろなところから集まっている場合、誰が先任かを、お互い確かめ合うことになります。
そのような習慣で長年勤務してきますので、退職自衛官の集まりでは席順やテーブル順が自然と決まってきます。また、知らない者同士の場合「こいつは俺より後輩そうだな」「あの人と対等に話しているから俺より先任か」とかの探り合いから始まる傾向があります。
この先任順は勤務時はもちろん、遊びに出ても、飲み屋に行って一杯飲んでいる時も守られます。彼女(彼氏)へのアプローチ順でも影響します。
防衛システム研究所は防衛関連装備品、関連システムについてだけ考察しているわけではありません。組織、仕組み、慣習、人間関係等も一種のシステムです。
田母神セブンでは、一般社会と違う自衛隊の一面、陸・海・空各自衛隊での違いなどについても解説していきたいと思っています。
「先任」かどうか、つまり各人の順位はどうなっているでしょう。誰が見てもわかる明確なものとして、階級があります。将、将補、1佐、2佐、3佐、1尉、2尉、3尉、准尉、曹長、1曹、2曹、3曹、士長、1士、2士が自衛官のすべての階級です。いうまでもなく将が一番上位であり、順次下位となります。陸・海・空各自衛隊の所属により、陸将、2海佐、3空尉、などと呼称しますが、正式には数字に1等、2等、3等とつきます。つまり1等陸佐、1等海士等です。
自衛官の制服には階級章が付きますので、一目でわかるわけです。3尉以上が幹部です。准尉から3曹までは自衛隊では区分する呼称がありませんが下士官と位置づけられ、専門技能で幹部を補佐し士長以下の隊員を指導します。士長以下を含めて曹士隊員と総称します。制服自衛官の約8割が曹士隊員です。自衛官約22万5千人のトップオブトップは統合幕僚長ですが、これは役職で、階級は「将」です。
幹部自衛官は幹部名簿で明確に順番が付いていますが、いちいち見るわけにはいきませんし、誰でも見れるわけではありません。曹士隊員はそれぞれのグループ毎で管理されます。
幹部、曹士共、同じ階級の場合、出身、昇任年次、期別などから、自分の立ち位置を確認します。
少なくとも日常接する者同士は、どちらが先任か確認しています。自衛隊用語で「掌握」しています。
統合幕僚長、陸・海・空各幕僚長から現場の2士まで、順番が付いていますが、それは大きな組織である自衛隊が戦争状態においても円滑に機能するためのものであり、一人ひとりの任務上の重要さに軽重はありません。
帝国陸軍には「兵隊元帥」という言葉がありました。将校である少尉に任官してから最上位の元帥(階級ではありませんが)までのステップと、2等兵からのステップ数が同じであるため、兵卒から少佐まで昇進したた者をそのように言ったそうです。兵隊からのたたき上げの親分といったところでしょうか。
これとは少し違いますが、現在の自衛隊にも階級ではなく特別の役職があります。陸上自衛隊の「最先任上級曹長」、海上自衛隊の「先任伍長」、航空自衛隊の「先任上級曹長」という名称のポジションです。各自衛隊全体の最先任者は市ヶ谷にある各幕僚監部に個室があり、自衛官の約8割を占める各自衛隊全曹士隊員の総代表役となります。
自衛隊に入隊すると、幹部要員採用、曹士隊員採用など採用対象別にそれぞれのトップを目指します。幹部自衛官の場合、防衛大学校出身者、一般大学出身者など、出身により別管理となりますが、各自衛隊のトップである「幕僚長」を目指すものは、マラソンと同じで常に「一選抜」という、トップグループにいる必要があります。下位グループからの逆転はまずありません。
現職自衛官は上に述べたように、階級や役職により先任順が決まります。では、退職自衛官はどうでしょうか。自衛官同士が集まる会合などでは、先任とは言いませんが。何となく順位があります。特に在職時の階級で「将官」は少し別格です。今の時代、そういうことは適切ではないかも知れませんが、その他の者と「身分」の差のようなものがあります。ただ、いまだに人の階級に1等、2等と等級で呼称している集団ですので、不思議ではないのかもしれませんが。将補以下の退職者同士は、主に期別で決まります。要するに入隊年次です。
退職自衛官の懇親などを図る、いわゆるOB会は公的なもの、私的なものと全国に無数に存在します。
公的なもので、最も大きいくくりの組織が「隊友会」です。陸・海・空全自衛隊員が対象です。全国各都道府県に組織があり、常設の事務組織を持ちます。
帝国陸軍から続く陸上自衛隊の幹部組織「偕行社」、帝国海軍の流れを受け継ぐ海上自衛隊の「水交会」そして航空自衛隊の「つばさ会」が大きなものとして運営されています。
これらの組織は当初、陸士(陸軍士官学校)○○期、海兵(海軍兵学校)○○期を基準に考えられていましたが、陸士、海兵の出身者が少なくなってきたことと、防衛大学校の卒業生が多数になるに従い、陸海空で期別の呼び方に差が出てきました。陸はB(防大)U(一般大学)I(曹出身者:部内)で期別を呼称していました。海は江田島の幹部候補生学校の期別で呼称していました。航空は防大の期別で呼称し、一般大学卒も防大○○期相当という言い方でした。それぞれの自衛隊の構成人員が時代の流れでかわって行き、また統合運用等が進むにつれ、統一呼称の必要性が生じてきました。そこで、西暦の下二桁で呼ぶ統一呼称が提唱され、徐々に一般化されてきましたが、陸海空で若干浸透に差があったので、平成29年(2017)の通達で公式に決められました。
さすがに帝国陸海軍の出身者は少なくなっていますが、それぞれの集まりでは、まだまだ統一期別で呼び合う者は少ないように思われます。
相撲の世界では引退後、自己最高位で呼称します。元小結○○とか、元大関○○とかです。それぞれの段位で世の中でも何となく格付けされるのではないでしょうか。自衛官の場合、一般社会では元将官以外はほとんど肩書として通用しません。「将」以外では、かなり有名な政治家、評論家などでも階級が肩書になる者はほとんどいません。カーネル(大佐)サンダース、ガガーリン少佐、カダフィ大佐などとはかなり異なる扱いです。(ちょっと違いますか?)もっとも自衛官の場合、正式には1等、2等、3等(陸、海、空佐)ですので、なじまないかもしれません。
一般社会の中で、退職自衛官同士が個別に遭遇した場合、「将官」も含めて、概ね、入隊年次で決まります。同じ出身者〈防大、一般大など〉同士の場合は1期でも違えば、上下の関係が厳格です。もちろん幕僚長職など要職で退職した者に対しては先輩といえども一定の敬意を払います。ただ通常は現職時上級者であった後輩でも、先輩に対して敬語を使い接します。同期生同士になると、公の場では一応最終階級や役職を意識した態度をとりますが、仲間内では全く関係なく「俺、おまえ」になります。
これには理由があると思っています。一つは退職時の階級には大した違いがないことです。防大出身者の場合、ほとんどが1佐以上で退職します。将との階級差は二つしかありません。もう一つは、防大生なら防大生活で、一般大卒なら幹部候補生学校で「同じ釜の飯を食う」わけで、その時の人間関係が成績以上にその後の生活に影響を与えるからです。
ちなみに毎年マグロの初セリで最高額を付けて競り落とす有名社長は、航空自衛隊の生徒出身ですので、先輩からは○○と呼び捨てです。(海・空の生徒制度は平成23年廃止になりました。)
「敬礼」についてのあれこれ
先任者や上級者に対して敬意を表すため、あるいは指揮下に入ることを表すため「敬礼」をします。自衛隊以外でも警察、消防、警備会社などでは敬礼をします。自衛隊では礼式として「敬礼」について細部の規定があります。皆さんご存じでしょうか自衛隊における「敬礼」のあれこれ
一般に「敬礼」は右腕の指を伸ばして、眉尻あたりにあげる動作です。各国もこの動作を敬礼とし、軍隊一般に採用しています。自衛隊ではこれを正確に言うと「挙手の敬礼」と言います。
我が国では、他の国の軍隊にはない「敬礼」があります。脱帽しているときに行う「お辞儀」です。これは自衛隊の礼式に帝国陸、海軍の礼式が取り入れられているためです。一般のお辞儀と違うところは背筋を伸ばしたまま上半身を前傾させることです。「お辞儀」には上半身を前方に10度傾ける「敬礼」と45度に傾ける「敬礼」があります。通常は10度です。天皇陛下に対する「敬礼」と葬儀で棺に対する「敬礼」が45度になります。
これは「各個」(個人)の敬礼で、「部隊」(団体)の敬礼は別になります。
以前、国会議員に当選した自衛官出身議員が初登院の時、正門付近でマスコミの求めに応じて、背広で挙手の敬礼をしていました。本人もわかっていると思いますが、自衛官としては違和感がありました。
そもそも、各国の軍隊が行う挙手の「敬礼」はなぜあのような動作になったのでしょう。諸説あるようですが、中世の騎士が鎧をかぶって対戦するとき、お互いの顔を認識するため、目の覆いの部分を上げたことに始まるというのが、もっともらしい気がします。
基本として「敬礼」は右手の指と手首をまっすぐにすること、前方から見て掌が見えないことを教えられます。敬礼には各人の個性がありますが、全体として陸上自衛隊、航空自衛隊はひじの位置が高く、横にほぼ直角にひじを開きます。これに比較し、海上はひじが前になり横の幅が小さくなります。これは、艦艇内の狭い空間での行動が求めれれるからです。
「敬礼」に限らず、陸上自衛隊と航空自衛隊は礼式や所動作が概ね同じです。海上自衛隊は陸空と異なる場合がかなりあります。
ある人の言によれば「陸上と航空は自衛隊だけど、海上は自衛隊ではなく「海軍だ」」とのことです。
敬礼に関していえば、海上自衛隊では幹部(士官)には号令をかけません。ちょっと見わかりにくいのですが、遠洋航海への出発式などで、部隊員に対して「敬礼」と号令しているとき、幹部も挙手の敬礼をしますが、それは号令に各自が合わせているだけで、号令をかけられているわけではないのです。
他に違っているものでは「腕章」を装着する腕があります。陸上、航空は喪章以外、右腕に装着しますが、海上はすべて左腕です。陸・海・空の文化の違いは今後も解説していきます。
各個の敬礼のほかに部隊の敬礼があります。皆さんの目に触れる機会としては「観閲式」があります。観閲官である内閣総理大臣に部隊側が「頭ー右(カシラー右)」という号令で部隊としての敬礼を行います。カシラー右のほかに、カシラー中、カシラー左があり、それぞれ指示された方向へ頭を向けるというものです。観閲式に代表される自衛隊の式典では各種の礼式が披露されますので、細部に注意してみると、より楽しめます。敬礼も、銃を持った場合、旗を持った場合などの敬礼があります。
何と言っても目立つのは防衛大学校の学生隊の行進です。制服がかっこ良いのとともに、指揮刀(軍刀)を持った指揮官職の学生の敬礼所作がさらにかっこ良いですね。
式典で唯一、敬礼しないものがあります。それは「国旗」です。自衛隊(軍隊)は国家に仕えるものですので、その象徴である「国旗」は何にも敬礼をする必要はありません。また、より詳しく見ていると国旗を持った隊員は前進しかしません。180度方向転換する場合も、前へ進みながら2回方向転換をします。
挙手の敬礼、部隊の敬礼について解説してきました。今後、もし皆さんが部隊見学などで自衛隊を訪れる機会があるとします。懇談中などに午後5時になると、ラッパが鳴り響き、懇談している相手の指令官などが、いきなり立ち上がり「気を付け」の姿勢をとるので驚くことがあるかもしれません。国歌吹奏が終わり、そのあとのラッパで元に戻ります。茶目っ気のある司令官はわざとやるかもしれません。上に述べていませんでしたが、姿勢を正す「敬礼」です。
最初のラッパは「気を付け」の号令、国歌吹奏(ラッパの国歌もあります)後が、「休め」と「課業終了」の号令です。
今回はこれで「筆終了」・・・敬礼