軍神 (1) 

旧陸海軍で「軍神」と言われた方は何人もいます。しかしながら、防衛大学校卒業者で「軍神」と言えば第1期生のU氏しかいないのではないでしょうか。

 U氏については、数々の逸話があります。私は「幸か不幸か」部下として使えたことはありませんが、二度ほど直接ご指導を受ける機会があり、特に一度目の時は、私の全記憶の中で最も鮮烈なものとして脳裏に焼き付いています。

 私たちは、だらしない大学生活を過ごして後、技術幹部候補生として奈良にある幹部候補生学校に入校します。当時は半年で卒業し、ピカピカの幹部候補生として部隊(主として岐阜)に配属されます。我々は7人が航空自衛隊岐阜基地に所属となりました。

まもなく、I2佐の英語教育を受けることになりました。(この方はフルブライト留学生第1期生として渡米され、天才的な語学能力者で、後にインドネシア、ベトナム等でも一般人として活躍されました。イガ中(イガチュウ)さんとして、みんなに親しまれるフランクな方でした)

I2佐のもとで、われわれはむしろ英語教育を息抜き的に楽しんでいました。

 それが米国出張から帰国したU3佐(当時)に引き継がれるや否や、英語教育の様相は一変しました。なんといってもバリバリの「軍神」U3佐が担当となったからです。

 先ず第1回目に、U3佐から「君達は、何故英語教育を受けているのか?」とご下問がありました。一番口達者なT候補生が口火を切って「幹部として将来国際的に活躍するため」とか何とか答え、その後も目の合った者が同じような趣旨の答えをしました。U3佐は「違う、違う」と否定し、断定的に「君達に英語能力がないからだ」と言われ、我々はシュンとしてしまいました。それでも「軍神」と言うことを身に滲みて感じているわけではなかったのです。

 U3佐は特別服装容儀に厳しい方でしたが、いつも髪がボサボサで出てくるH候補生がいました。そのため英語教室はいつもH君に対する「Do you have a comb?」(君はくしを持っていますか?)で始まるのでした。何回続いてもH君はボサボサ頭で出てきます。最後には、我々に「Do you have friendship?」(君達は友情を持っていないのか)となり、我々が叱られる羽目になりました。

 そうこうしていると、ある日事件が起こりました。私を含めて3人が航空機の整備をする小隊に配属されていました。幹部候補生は、布製の階級章をつけていましたが、候補生記章(通称 座金)は布製の略章がありません。小隊長のG1尉は「お前たちは偉そうに座金をつけるな!外せ!」とのことで、外していました。そのまま英語教育に行ってしまったのです。

 U3佐は「うん?」(英語教育は日本語禁止でしたから「hmm?」かもしれません。)と、我々の座金がついていないことに気付かれました。さっそく「Why do you putt off your 何とか?」と質問されました。たまたま目の合ったK候補生が「Because ・・・・」と説明しました。私は、K候補生が座金を外している理由を説明しているにもかかわらず、最初のU3佐の質問に答えるため「外してはいけない規則がある」と言うことを説明すべく、「There is a law・・・」(regulationと言うべきだったのを二重の間違いをしたのです)と発言しようとしましたところ、U3佐は「Law?・・・Law?」と言ったと思うと、いきなり日本語になって「持って来い!  持って来い!  訓練班へいって持って来い!」と立ち上がって怒鳴りました。私たちは何のことか分らなくて呆然としていましたら、件の頭ボサボサのH候補生が「I think」何とかと言おうとしましたら、もうだめですU3佐は止まりません。「I thinkもくそもない、持って来い!」これも日本語です。

 そのときです、同じく座金を付けていない普段は一番おとなしく、痩せてひ弱な感じのするA候補生が、やおらテーブルを拳で叩き、立ち上がってU3佐を指差し「そんな不合理なことがあるか!」と、一喝したのです。「攻撃型の人は防御に弱い」と言いますが、U3佐にとって今までになかった経験だったのでしょう、しかも、ずっと格下の候補生に怒鳴り返されて愕然としてしまい、気まずい沈黙がしばらく続きました。そしてU3佐は腰を下ろし、平静の態度に戻り「Say me stay calm」(私に静かにしろと言ってくれ)と言われました。U3佐にとってもショッキングな事件だったと思います。