とっさの感働き 体験編
我々は地上で生活しています。一般の人々はこの5月にオープンした「東京スカイツリー」に上ったところで、高々450メートルの高さです。
飛行機に乗って、高いところから地上を見ることはありますが、ごく限られた時間であり、職業としてのパイロットからすると、2次元平面で生活しているようなものです。特に自衛隊の戦闘機パイロットは非常に特殊な技量を身につけています。最近航空自衛隊が次期戦闘機として選定したF-35Aが、実用化される頃には、さらにまた、かなり航空戦闘も変わっていると思いますが、現状ではパイロットには通常人とかなり違った能力を求められます。
まず例として、一点集中型の人間は適性がありません。
例えば、方位一つのことに注意がいっていると、他の諸元、例えば速度、高度などが変わってきていることに気が付きません。計器盤を全体として眺め、周囲の状況、レーダーアシストからの通信を聞きとるなど、多様なパラメーター(変数)を常に認識しながら飛行していなければなりません。航空戦闘となるとさらに大変です。
あるパイロットが言っていました。「地上人から、パイロット訓練を受け、パイロットとして独り立ちするまでのギャップと、戦闘訓練を行うときのギャップは同じぐらい大きい」とのことでした。ただ、飛ぶだけと、航空戦闘では、非常に大きな差異があるのだなあと思った事を記憶しています。
また、別のパイロット(彼はブルーインパルスの経験者です)の話ですが、あるとき、編隊を組んで飛行していたそうです。編隊長の指揮のもと、編隊員(ウイングマンと言います)は編隊長の方を見ながら飛行します。通常編隊長は前方、周囲を見ながら編隊員を誘導します。危険な場合「ボギー!」と言って編隊員に危険を知らせます。そのパイロットが編隊長を見ていた時、無言でガクガクと編隊長が機首を下げたそうです。件のパイロットは「何となく」機首を下げたそうです。すると、目の前上部を旅客機がスローモーションのごとく通過したそうです。今のように「ニアミス」という言葉もないような時代でしたが、「何となく」機首を下げていなければ、確実に衝突していただろうと言っていました。
1983年4月19日に航空自衛隊の輸送機C-1が、あまり天候の良くない時、低空飛行訓練を実施していて、三重県鳥羽市沖の菅島に2機が衝突、墜落しました。3番機の機長は「何となく」操縦ハンドルを引き上げ、機体を上昇させたところ、がりがりという音がして、「鳥にでも衝突したかな」と思ったそうですが、基地に帰投してみたら、機体下面を樹木でこすっていたことが判明したそうです。「何となく」操縦ハンドルを引き上げていなければ菅島に衝突していたところです。
パイロットには特殊な能力が必要とされます。戦闘機に限らず、戦闘時にはさらに特殊な能力がなければ生き残れません。技術の進歩で、その能力にも変化があるようですが、とっさの感働き「何となく」も重要な資質のようです。